わがはじ!

めんどいオタクのブログ。同人誌もやってるよ。

J-POPの完成形。神前暁という存在。

もう知ってる人からしたら今更の話なのだけれど、個人的に「あぁ、本当の天才ってこういう人のことを言うんだな」と久々に実感する機会にめぐり合えたので、色んな目線は無視して、せっかくなのでつらつらと書き始めてしまう。

 

ツイッターだとこんな人みたい。

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まぁ本題に入るのだけど、先日1枚の音源を購入した。西尾維新作の小説をシャフトがアニメーション化した「物語」シリーズ。その主題歌を集めた「歌物語」である。その人気ぶりは最早こんな場末ブログで言うまでもなくオリコンの月間ランキングでは1位を獲得、そして今年1月6日に発売されてから既に10万枚突破と、現在の音楽業界では異例の売れ行きを誇っている。

www.monogatari-series.com

本作を知っている人なら、もう説明不要なのだが、1クール放映の中でもコロコロとフューチャーされるキャラと話が変わり、主題歌もその都度キャライメージに合った楽曲に変わっていく。ただ、キャラ毎に作られる楽曲ジャンルの幅が異常に広く、当初アニメを見ていた僕は「あー、これ別の人が毎度書いてるんだな」とか思ってた。

 

そんなにしっかりとEDクレジットを覗き込まない性格の為、今回この1枚を購入してちゃんと作曲家の欄を見てドン引きした。収録されているほとんどの楽曲が、今回タイトルに挙げた神前暁氏が作曲しているとのこと。「いやいや、本物の化物はこいつじゃねえか」と正直唖然とした。その化物っぷりを理解する為には、何よりこの1枚を聴くのが最も早いのだけれど、あえて説明するならアレンジ含め曲構成にクセが全くないように思える。要は、この1枚を買うまで「帰り道」と「恋愛サーキュレーション」と「Perfect Slumbers」を作った人が、同じだなんて信じられなかった。

 

大抵、作曲家、その中でも稀代のメロディーメーカーたちは好きなコード展開というか「~節」のように聞いていると「あ、この人の曲だな!」という印象をどこかで受けるものである。例えば海外ではポールマッカートニーやブライアンウィルソンだったり、国内なら小沢健二や桑田圭祐などが判りやすい例かもしれないが、ポップスにおける名曲を数多く生み出すアーティストたちは、嫌でもその人の個性が滲み出てしまう。逆にその癖こそが、名曲たる由縁だからだ。アニメ業界で活躍している作曲家をあえて挙げるなら、菅野よう子梶浦由記も筆頭だろう。それぞれ、当然BGM作曲家としてそのアニメの作風にあわせた幅広い作曲も可能だが、やはりマクロスを聞いていると「菅野節」、カラフィナを聞いていると「梶浦節」というような個性が表出している事自体は否定できないように思える。

 

しかしながら、この神前氏。メロディセンスもコード展開力も半端じゃなく高いのにも関わらず、アレンジ力も相まって作曲家としての一貫性を楽曲からあえて消す事が出来る。「それって単純に毎度歌ってる人が違ってるからじゃないの?」という意見も確かに正解であるが、上で挙げたポールの楽曲提供などを聞いてもらえれば判りやすい。

 

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そう、一瞬で「ポールじゃねえか!」となるのである。

 

ちょっとこの例示は卑怯な気もするが、要はアニメ作曲家として異常なほどに黒幕に徹し、その上で奇抜な曲を作れるという一種の矛盾したことが出来てしまうというのが最も天才的である点だと感じる。

 

また、この神前氏。wikiを読んでるだけでも面白い。

神前暁 - Wikipedia

「こうさきさとる」まずこれ本名である。なんかその時点で既に周囲と頭ひとつ飛びぬけているような印象を受ける。そして経歴を辿るとバンナム入社、ゲームサウンドクリエイターから始まり、「ハルヒ」「らき☆すた」「アイマス」などで数多くの楽曲を担当。つまりはニコニコ動画と共に2000年代アニソンの文化的価値を高めてきたその本人だという事が一見しただけでわかるだろう。特に「らき☆すた」などでは主題歌で大きなブームを呼んだファンク調の電波OP「もってけ!セーラー服」と、小神あきらが作中で歌う演歌「三十路岬」を一緒に作曲しているのである。なんだか、もう嫌になる。

 

そして、圧巻は家族の欄。もう、すごいのでそのまま引用する。

祖父:神前五郎(元大阪大学医学部第二外科教授。定年退官後は、東京都立駒込病院院長及び日本外科学会会長を歴任し、現在は日本外科学会名誉会長 。山崎豊子白い巨塔』の主人公である財前五郎のモデル。 

自分の祖父をモデルに山崎豊子が超大作小説を書き、そして唐沢寿明が演じるのである。想像できるだろうか。そんな華麗なる一族である神前氏を調べれば調べるほど、職場での自分のテンションが下がってきたので、もう何も考えない事にした。

 

何はともあれ、今回の「歌物語」は素晴らしい出来だと思った。常日頃、TVサイズでしか聴かなかった曲を改めて音源として聴く中で、また実際にコード展開を耳コピしてみる中で。緻密であり複雑に構成されたメロディが、見事なまでにキャラの心理描写を行っている印象を強く受ける。本作の中では、二面性というか、表出している人格の影に様々な個人の葛藤を抱えるキャラが多い。メインヒロインの戦場ヶ原ひたぎ、羽川翼千石撫子、神原駿河忍野忍・・・と挙げだしたらもうそれは物語シリーズのレビューになってしまうので避けるが、とにかく各々の複雑な個性がそのまま曲になっているという印象を受ける。

 

そして再三言っているが、その世界観を顕すということ以上に個別の楽曲レベルの高さがおかしい。なんていうか、ちょうど昇り調子のアイドルグループにでも歌わせれば、全てがチャートのトップを占めそうな楽曲ばかりだ。その中でも羽川翼堀江由衣)が歌う「Perfect Slumbers」は完璧に近い出来だと個人的には思う。「どうせお前の声優補正だろ」という幻聴が聴こえるけど、そんな安易な発想の人間には、過去のアルバム全部聴かせて、延々1週間にわたって堀江由衣がどれだけ偉大なのかを改めて説教する必要がある。

 

興奮して方向性が狂ったが、そのユーミン荒井由美時代を彷彿とさせる浮遊感とポップス性、そして単調なミドルテンポバラードなのに、中盤以降、マイナーとメジャーを織り交ぜる複雑なコード展開によって、切なくも全く飽きのこない4分半に仕上がっている。

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神前氏を僕が「J-POPの完成形」と銘打ったのは、それほどに過去の偉大なアーティストたちが残したtipsを全て綺麗に纏め、アレンジし、キャッチーな1曲に仕上げることが出来るそのスキルに感服したからに他ならない。なのでロック音楽でいわれるような<全く新しい価値観がそこに>といったタイプの衝撃でなく、ありえないほどの完璧なオールラウンダーとしての才能をこの1枚に見出すことが出来るのである。アニソンは最初からタイアップ楽曲である事が前提のジャンルだ。そのルールに従順にのっかり、自分の個性としての「汎用性」をいかんなく発揮する神前氏という存在は、一周回って音楽の新しい価値観を提示してくれているように思える。本当に今更な注目なので、片腹痛さは残るものの、ここまですごいひとなんだなって純粋に思いました。