わがはじ!

めんどいオタクのブログ。同人誌もやってるよ。

三十路とオタクと友人と孤独と

昨日は成人の日ということで、全国各所で成人式が執り行われていたようである。若いという事はそれだけで価値があるってもの。しかしながら、同時に年齢を重ねるという事も、また価値的ではないだろうか。そうなんだよ。価値的なんだよ。

 

日々のごとくツイッターを眺めれば、成人式という事でいい大人たちが「当時を振り返って今後悔していること」だったり「20代のうちにやっておいた方がよかったこと」などリスト化して呟き、加齢に任せてマウントを決めていた。そうして各々承認欲求を満たす場面を見ることができたわけだが、気づけば、僕自身も今年で29歳となり老害プギャーとか言ってる場合じゃなくなっていた。もう折角の機会なので、20歳からこの10年間を振り返ってふと感じた事を、若人へのメッセージを偉そうに残してみたい。

 

そう、たまには僕だってマウントくらい取ってみたいのである。

 

 

 

今週末。僕は登山に行く。行く羽目になったといった方が適切かもしれない。初心者コースだから安心、とかそんなことはどうでもよくて、突如LINEグループで登山に行こうという話になり「所詮ノリだけだろう」と甘く見ていたら、登山したことなかった僕も登山靴やらウェアやらグッズを買う段取りまで進んでいた。マジか。

 

そのメンツはといえば、高校時代以来一緒にコミケに行っていた友人たちとその仕事仲間。「当時、エロ同人ばかり買って盛り上がっていたはずなのに、こんなアウトドアな人種だっただろうか・・・」そんな一抹の疑問など消し去られ、登山自体定例化しそうな勢いである。彼らとはもう付き合いで言えば10年を超えている。一度は離れかけたけど、なんだか腐れ縁みたいな友人だ。そんな事から、自分が20歳ごろの事を思い出してみる。

 

 

 

僕の高校時代から大学時代。唐突にざっくりと10年ほど前に話は振り返る。当時、インターネット環境も高速化の時代を迎え、少しずつネット通販なんかも世の中に浸透してきた頃だ。SNSといえばmixiからTwitterFacebookへの移行期。さらにYoutubeニコニコ動画といった動画配信サイトも立ち上がり、インターネットこそが次世代の開かれたコミュニケーションツールだと皆が自覚し始めたころである。

 

僕らはそれを駆使しながら、学校やバイト以外の友人とも繋がる事ができるようになった。大人たちは「ネットの知り合いなんて」とまゆを顰めたが、意に介すこともせずオフ会やイベントなどで知り合いを増やした。そんな中、コミックマーケット初めて参加し、各人欲しい本をゲットする為、共闘体制を取る。そこで多くの「友人」が出来ることになった。

 

当初は「本来知り合えるはずのない友人たち」という存在に興奮し、そうした出会いをもたらしてくれたインターネットに熱狂した。彼らと夜中までチャットを続け、深夜ラジオを一緒に共有したり、同人イベントの作戦を練ったり。大人で言えば「サードプレイス」と言えるような環境がそこにはあった。学校・家庭とも違う、新たな空間。同好の士を見つけられるとてつもない場所だった。

 

大学時代に入り、オタク活動も活発になる。僕はコミックマーケット、特に同人誌という世界にのめり込んだ。元来、絵を描いたり文章を書いたりという事に興味があった為、コミケに通っていた友人たちの中で唯一サークル活動を始めた。

 

漫画、評論、音楽、コスプレ・・・何かしらを作って発表する。そんなルーティンを何とか維持しようと必死だった。一人で、頭の中にわいてきた創作意欲を何とか形にしようと足掻いていた。しかしふと、気づいたときに周囲を見渡すと、僕らは20歳を過ぎていて。脇目も振らずアホやっていた僕らも、少しずつ大人にならざるを得ない立場に立たされていた。

 

次第に周りの「仲間」と思っていた友人達がコミケ、オタクからも少しずつ脚を洗い始めていた。それぞれ薄い本を買う熱量は冷め、コミケに行く意義はなくなり、就職活動に専念する中で現実が目に入り、そして結婚が視野に入り、長年集めたコレクションを一気に売っていた友人もいた。

 

ずっとこの先も自分はオタクなんだろうな。そう自覚しつつあった僕にとって正直その光景はショックだった。十数人いた同志。数年後、就職した頃には何年もビッグサイトへ通い続けているのは自分ともう一人くらいになっていた。ちょっとずつ、自分が孤立しているのを感じた。インターネットという空間の中であんなに馬鹿を言いあっていた友人たちから、少しずつ置いて行かれるようで。

 

そんな中、徐々に隆盛を極めつつあったのがツイッターである。ここでも同様に知り合いは増えた。数多くの出会いがそこで生じた。今思えばこのツールがあったからこそ繋がる事が出来た、という友人もかなりいる。実際僕の同人誌の7割はツイッターがあったからこそ成り立っているものだ。

 

しかし、そうしたオープンなSNSがコミュニケーションの全盛になったとき、その功罪は「数値化された関係」だった。mixi時代も「友達の数」はある種交友関係や人脈という力として認められていたが、Twitterというオープンな場における「数の価値」というのはその比ではない。フォロワー数だったり、いいねの数だったり。そうした「数=強さ」みたいな風潮は今でも感じられるものだろう。

 

特に同人活動を始めた身として、作ったモノが注目に値するかどうかというのは、シビアな問題である。友人というより「アカウント」としての、そのリアクション数、インフルエンサーとしての力量が頭をもたげるようになった。この人と繋がっておいた方がいいのではないか。逆にフォロワー数が少ないから放っておこう・・・過去ネット上で出来た友人と疎遠になった経験から、傷つきたくないから、あくまでもアカウントとして友人を見る。そんな発想が心のどこかに巣喰っていたような気もする。

 

 

そして昨今。SNSという社会はインフラと化し、学校の友人と家庭と、もはや同列の位置にまでその地位を上げてきた。僕らはリアルとネットの狭間という難しいコミュニケーションの渦中にいる。TLを覗けばすぐ見つかるだろう。数を自分の力と思い込み、あるいは人をそのように捉えたり。SNSという場は、数値化されるリアクション数がその発言者・投稿者の価値のように見えてしまう所だ。それに振り回される人も日々、散見される。それぞれの派閥が出来、シンパが生まれる。言葉は概ね借り物で、結局おもねることしかしない人々。

 

何を基準に人を見ればいいのか。友人とは何なのか。そんな後期中二病まっさかりな中、僕自身思った事がある。

 

突拍子もないが、ここまで同人誌作成をやめなくてよかったなと。そう思った。これまで色んなことを言われ。あるいは逆に何もリアクションがなかったり。全然赤字だったり。意思疎通の行違いで不愉快な思いをしたり。在庫の入った段ボール抱えて腰痛めたり。売り子に嘘告知されて叱ったり。

 

正直活動はボロボロだったし、今もそんなに変わらないのだけど、絶えず自分ののめり込むという姿勢をブラしはしなかったと、それだけは自負出来る。今でも、こんなことを書きつつ、どうせそこまでの意味はないとさえ思っている。ただ、書くことはやめたくなかった。面倒なオタクであることだけは、捨てたくなかった。

 

確かに社会でうまくやっていくため、コミュニケーション力を持つこと、人脈を持つ事は大事だ。でもそれ以上に、孤独に打ち勝つ事って本当に重要だと思う。一人でも、何か踏ん張ってやりつづけるとたぶんだけどきっとそれを見てくれる人はいて。今でも「馬鹿だな」とか「しょうもない」と思いながらも付き合ってくれる友人が残る。

 

この複雑怪奇なSNSの友人関係・対人関係において、とてもシンプルな答えがあるとすれば「自分の意志をブラさない」姿勢だろう。一時、このインターネットという場、その先の見知らぬ「友人」が怖くなった身だからこそ思う。あくまでも、外部からの評価や声は全てが終わった後の結果でしかない。今、言うべきことを。作るべきものを。やるべきことを。孤独に熟す事が信頼出来る友人を、関係性を作る一つの手段だ。

 

 

今週末。僕は登山に行く。たぶん、自分の意思では登山なんて絶対しなかった。今でも「えぇ・・・」という気持ちも抜けない。登山グッズのお店で見た「快適に登山するグッズ」という文言に「山登らない方が快適では」とか文句を言う人間である。興覚めとはこのことだろう。それでも結局、誘われた。

 

彼らは一時離れたように見えても、勝手に足掻いていた僕を結局は見てくれていた。「よくわかんねえ本、ずっと作ってるんだな」と。そして、周囲を見ていても結局個々の世界で淡々と勝負している。各人それぞれが孤独を抱えながら、仕事に生活に闘ったからこそ、高校時代のチャットに集まった頃のように、この歳になってまた少しずつ輪が広がっていくように感じている。

 

ネットは色んな刺激的な事に満ちている。映像もニュースも喧噪もネタも。ただ、思った以上に、スマホを持ってそれを覗いている一人ひとりの人生は孤独で地味だ。だからこそ、人は社会で生きていかなくてはならないし、その社会に本当の意味で適合する為には、その孤独から目を背けず乗り越える必要がある。と思う。

 

ふとそんな説教くさいことを思ってしまった成人の日でした。本当に面倒ですね。