わがはじ!

めんどいオタクのブログ。同人誌もやってるよ。

45歳定年制から考える「会社」って場所

たまには短く時事ネタでも。つい先日、サントリーの社長新浪氏が発言して、ネットでも話題になっていた「45歳定年制」。半ば炎上を伴いつつ、いろんな人が発言していたので、僕も気になってしまった。

 

news.yahoo.co.jp

 

発言の背景は、それだけ定年を早めれば、人は自分の人生についてちゃんと考えるようになるだろうって要旨とのこと。なるほど、新卒で企業に就職して約40年間。その長いスパンをひとつの組織で終えてしまう人は、終えてしまうわけで。そうなると、思考停止やら成長の欠如やら。あるいは雇用コストの増大、向上心の低下と個人にとっても企業にとっても、デメリットが存在するというのは簡単に想像がつく。

 

そうであるならば、一気に定年を早めることで「組織に属さない自分」の在り方を模索してもらおうという意図なのだろう。言ってしまえば副業やら現在一般的となっているテレワーク議論とだいたい同じ議論だ。つまるところは、働き方改革の本質的な部分。企業と個人の程よい距離感を探して、個人にとっては組織に縛られない自由な生き方、企業からすれば新規性や生産性向上を保てるように、お互いにメリットあるシステムを作りましょうって話。

 

新型コロナが流行ってからというもの、ほぼ毎日といっていいほどこの手の話題が目につく。どちらかと言えば革新的な事が好きな身としては、頷きながら読んでいるわけだけれども。どうも、今自分の働いている職場と照らし合わせると違和感しかない。この意識高めな「働き方改革」ってものが、何か今この国の「会社」って場所に対して性善説を抱きすぎているような。そんな、歯に何か詰まったような感じがしていた。

 

そもそも、会社って。一様に、バリバリと自分のスキルや、成果を振り回して「成長を!!」と叫ぶような場所かと言われると、即座に肯定する人もいれば、いや、全然。と横に首振る人もいらっしゃる。僕個人は、どちらかと言えば後者寄りな会社に勤めていて、上の世代を見れば、隙あらば楽な仕事に安住するスキルに長けた先輩なんかもよく見る。あるいは、仕事の合間に長話に興じている女性陣なんかも。

 

先に言っておくと、こんなブログで普段の職場の愚痴を言いたいわけでも、それらを非難したいわけでもない。それは彼、彼女にとって、会社がそういう場所であるのだから仕方のない話だったりする。会社からすれば多少頭の痛い話かもしれない。そうした無駄によって生産性が上がらない、効率の悪い勤務形態が残っている。それは企業からしたら是正すべきものだ。

 

但し同時に、仕事が好きかどうかは別にしても「会社がその人にとって居心地のいい場所」であることは、社員から求められ、会社が提供すべきことだったりする。そして、昨今の世の中。地元地域とのつながりが希薄になる中で、この中高年なる方々の横のつながりを具体的に支えているものこそ「会社」だったりしないだろうか。

 

当然設立間もないベンチャーや、平均年齢が30そこそこのIT企業でこの論法は通じない。どちらかといえば、昭和に設立され未だにその風土を脱しきれず、バブル期の雇用の空気が色濃く残り、昔ながらの商売で何とか糊口を凌いでいる会社を指している。実際、上場企業の従業員の平均年齢は40歳を超える。

2020年3月期決算 上場企業1,792社 「従業員平均年齢」調査 : 東京商工リサーチ

結構、この手の雰囲気の企業ってのは、未だに日本において多いのではないだろうか。

 

今「会社」は一種の社会福祉を担う施設のように思える。賃金が発生しながら、職業訓練の場となり、人的コミュニティを担保する。これが、令和3年における「会社」の実態的な姿なのではと個人的に思ってしまう。テレワークの普及が、逆説的にこれを鮮明化させたとも言える。そしてもちろんだけれど、今30そこそこの自分からしても、単なる「上の世代批判」の話ではない。

 

これから我々が突入する時代も「VUCA」とか言われる通り、まるで価値観の推移が読めなかったりする。仕事に対する捉え方もまるで異なってくるだろう。

 

その中で、そんな社会保障的な役割の企業像って、そう簡単に捨てられるんだろうか。いやむしろ、稼ぎ方も変わり、常に新しい働き方をアップデートしなければならない中、そして住む土地土地での繋がりが希薄になればなるだけ、また自治体のサポートが小さくなればなるだけ、そうした「担保してくれる」関係性に対する希望者が減るとは思えない。企業の福祉化、その風潮はより進んでいくのでは…とちょっと思ってしまった。

 

もちろん、これは業界によって、会社によってさまざまな風土があり文化がある。新浪社長が言ったように、成熟した個人として会社と雇用契約を結び、良き関係性の中で共に成長するというのは理想論だろう。ただ、大きな政府論ではないけれど、今この国の「会社」の実態の6割くらい(適当な推論)は先に挙げたように「賃金の支給」だけでなく「職業訓練」「コミュニティの担保」が従業員への供物となっている気もする。

 

結果、この国の企業は競争力が足りないと言う。新たな新規性のあるプロダクトが開発されないと嘆く記事をよく見る。僕が冒頭に抱いていた違和感というのは「はて、多くの会社、そこに属す従業員がそれを望んでいるのだろうか…」と、とどこか当事者不在でありながら、嘆きのみが拡散される今の状況に対して抱いていたものなのかもしれない。当然、その当事者不在も思考停止の賜物だったりするのだろうけれど。

 

45歳定年というのも、ある種で面白い試みだと思う。実施してみないと分からないこともあるし、今からでも想像つく結末も存在する。確かに持続可能な成長を、とのんべんだらりとしたこの閉塞感を打ち破る意味では必要な施策かもしれない。ただ、今「会社」が担っている本質くらいは、もう少し見据えたほうがいいのではないかなと、そんな独り言でした。