わがはじ!

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松坂大輔と斎藤佑樹が引退することについて

ここでは、ごくたまに野球のことを書いたりもする。野球ファンというだけでなく、実際に小学校から高校まで、プレイヤーとして案外真面目に野球に取り組んでいた過去がある。「体育会系にまるで見えない」とよく職場でも言われるけれど、中学高校と都大会でそれなりなところまで進んだりもした。

 

その後、特定の球団を応援したりはなかったけれど、テレビで試合が放映されていればチャンネルを合わせるし、野球選手のYoutubeチャンネルなんかもよく見る。特に今年なんかは大谷サンの大活躍を都度動画でチェックしたりとなかなか楽しめた1年だったように思う。

 

そろそろ本題。今年をもってプロ野球界を2人の投手が去ることになった。1998年の甲子園で大活躍し、鳴り物入りで西武に入団。その後23年間のNPB、MLBでの生活を経てから、とうとう今年引退を選んだ松坂大輔。一方で同様に2006年、夏の甲子園早稲田実業を優勝に導き、高校生ながら完成された投球でその後を期待され、大学卒業後プロに入ったものの、なかなか結果に恵まれなかった斎藤佑樹

 

当たり前だが、この二人の成績やら投球どうこうを比べようという話ではない。ちょうど僕が野球を始めた時と、野球を辞めた時、甲子園で脚光を浴びていたこの二人には、なんとなく思い入れが生じてしまった、という僕の個人的かつ主観による、ちょっとした思い出話である。

 

先にも書いた通り、自分もかつては野球少年で、僕でなくともそうだろうが、この2人の投手の甲子園での活躍はとても印象的だった。というのも、平成の怪物こと松坂大輔が甲子園で大フィーバーを果たした1998年。それは僕がちょうど野球を始めた頃であった。僕の親父は、団体行動が苦手で野球は嫌いだった為、野球を僕に勧めることはなかったが、子供は勝手に育っていく。ルールは勝手にパワプロで覚え、大まかなスポーツとしての魅力はドカベンで知った。

 

こんなにわか少年にも、当時の松坂の活躍は鮮烈だった。画面でわかるほどの圧倒的なストレート、ストライクからボールゾーンにまで曲がる高速スライダー、更に打者を翻弄するチェンジアップ。投手ってのはこういうものだ、と試合を見るたび投球で示されたような心地がした。プロ入り後も鮮烈なデビューを果たし、イチローとの初対戦などは未だに脳内でプレイバック出来る。同年巨人に入団した上原浩治とともに、新人王を獲得。思い返せば一番、僕がプロ野球に没頭したシーズンだったと思う。2人の投手の活躍を見て、しばらく後には僕も投手を志望することになる。

 

そんな原体験から野球を始め、結局僕は、高校卒業まで野球を続けることになった。やはり、野球が楽しいだけの小学生時代から、中高では基本週6での練習が続く。もちろん練習するほどレベルは上がっていったけれど、オフもほとんどない生活。流石に自分で選んだ部活でも引退が待ち遠しくなるもので。

 

そして2006年、高3の夏。僕らは大会に敗れ、ある意味待ち望んだ引退を迎える。安堵と感傷、そんな微妙な気持ちのまま、すぐに夏の甲子園が始まった。そこで同い歳の高校3年生として躍動していたのが、上で挙げた斎藤佑樹と現楽天田中将大だった。

 

あの夏の印象だけで言えば、ボールに勢いがあったものの多少粗削りな印象を覚えた田中に対して、斎藤の仕上がりはほぼ完成されていたと思う。コースをつく140キロ後半のストレート、少ない四死球、緩急を使って打たせて取るピッチング。早実駒大苫小牧の決勝、そして決勝再試合などは未だに甲子園の歴史において語り草になるほどだ。万が一、僕らも勝てばそこに進めたかもしれない場所で、その2人の投手はとかく輝いていて、最後の栄冠は斎藤佑樹が手にした。

 

思えば「ハンカチ王子」という名も今となっては死語なのだけれど、当時は「王子」という呼称に相応しいオーラが彼にはあった。何なら、夏の甲子園を一度でも志した高校球児として、欲するものが全てそこにあったのだと思う。僕はその夏、そんな高校野球の完成体を眺めながら、わずかな羨望と共に、8年間に及んだ野球人生に一旦の幕を閉じた。

 

そして、現在。その夏から15年が経ったことになる。僕が野球を辞めて、普通の会社員として働いてい今に至る間、松坂と斎藤はそれぞれ全く異なる道を歩んだ。一方は栄光と挫折を繰り返し、引退の際には「最高な場所とどん底を味わった」とコメントする。一方は鎌ヶ谷での2軍生活を続けながら、活躍の日を滾々と待ち続けていた。

 

それぞれが高校時代そのままに、栄冠だけを得られるような15年ではなかったように見える。苦労しながら、彼らも野球人生をここで一旦終わらせる。とうとう、僕にとってはプレイヤーとして最初に憧れた投手と、最後に羨んだ投手が球界からいなくなってしまう。それぞれ、いちファンとして傍から眺めていた身としては感慨深い。

 

小学校時代に特に何も考えず、将来の夢には「プロ野球選手」と書いた身として、その安易さが今になって多少恥ずかしくなる。やはり、スポーツってのは勝負の世界であり、結果がすべてと言うけれども。思い入れのある選手に関しては、色んな葛藤を想像しては、全ての過程に心からお疲れ様と言いたい。

 

どんな選手が、どんな成績で終えようと、プロという厳しい世界において挑戦し続けた事実に対して、そこには確かに憧れや羨望が存在したことは忘れてほしくないものだなと独りよがりに思ってしまった。