わがはじ!

めんどいオタクのブログ。同人誌もやってるよ。

梅雨とネットとひとりの独り言

紫陽花が咲くくらいしかいいことないよね梅雨って。


気づけば梅雨真っ盛り。今週も水曜ということでなんとか更新。

 

空を見れば雨がいつ降ってもおかしくない曇天に、全ての毛穴が埋められてしまったようなジメジメ感。なんだか湿気だけで窒息しそうである。加えて、生来の偏頭痛持ちと来た。数か月は持つだろ、という見立てで買った90錠のバファリンがあり得ない早さで消える中、正気を保って仕事するだけで精一杯だ。

 

こんな中、明るいことを考えろという方が無理筋。日々ネットを見ていても、面白くもなく、何事にも興味関心が沸いてこない。むしろ、何かに怒り、吠えている人を見る度、少し羨ましさすら感じたりもする。

 

ということでコミケ原稿を少し脇に置いて、ネットにおける面白さについての暗い内省の話を今回はしてみたい。あまり爽やかな話題でもないので、ジメジメしてても嫌でない方はどうぞ。

 

 

 

昔からあまり仲良しグループみたいなものに属するのが苦手だった気がする。

 

同じメンバー、同じ話題、同じノリ。それらが1、2か月も続くと、大抵飽きてしまっていた。その集うメンバーが変わろうとも、大体5~6人くらい集まって、ワイワイしているとグループならではの組織的同一性が生じてくる。そして「あ、この流れ見たな」とぼんやり思ってしまうと、自然とそこからフェードアウトし始めるというのが、僕の小さい頃からの悪癖である。

 

なので、却って仲違いするような関係は、学生時代からなかったと言っていい。誰とでも比較的仲良くは出来る自信はある。だけれど卒業式など「やっぱり最後は仲良しグループだよねー」という空気が場に流れだすと、もう僕に居場所はない。どこのグループにでも顔を出す事は出来ても、どこにも落ち着きを感じる事が出来ず、結局一人で帰ってしまう。そういう類のぼっちだったという記憶がある。

 

何故こんな薄暗い青春時代を突然思い出してしまったのかと言えば、どことなくSNSというかTwitterを見ていて、そういった感情が沸いてきてしまったからだ。

 

バズるネタ、には人が集まる理由がある。そして人が集まる所、というのは、そりゃ面白いものが生じている事が多い。あるいはそこに多く人が集まったからこそ面白い事になることもある。過去から現在に至るまで、集客力は面白さのバロメーターだ。多くの人が「面白い」と思うモノを目指すというのは、理に適っている。経済的にも恩恵が生じやすい。

 

そして、多くの人が共感をするには、やはり同一のフォーマットが必要になる。違う話題でもどこかで似通ったりしている。人によって感情のポイントはズレているというのは確かだが、ただズレているだけで共通項の方が多い。だからこそ「多くの人が共感を寄せる」という現象が起こる。バズるネタがこれだけ日々流れ、目にしていると「まぁ、この話題はバズるよな」という事が薄っすらと感じられる。そうした共通項の在り処は、SNSによって、かなり可視化されてきている。

 

その末に僕が感じてしまったのは、やはり詰まらなさというか、完全なる飽和だ。あの頃に仲良しグループで感じた「また見た流れだ」という連続。やはり人が多くなればなるだけ、共通項に沿った発信が増える。最近ではAIにお株を奪われているが、ディープラーニングなど長年人間のお家芸だったはずだ。人々は少しでも流行ったネットミームを発言に組み入れ、最新の「バズ」を発言に載せていく。

 

現状生活や収入に対する不満を煽ってみたり、あるいは陰謀論やトンデモ論を振りかざす人を刺してみたり。今、ネットによって私たちは情報を得ているというよりも、集客を得やすい文脈を日々学んでいるといった方が的確かもしれない。人から注目を得やすいツイートの傾向を常に仕入れては、開示する。開示されたツイートから更に、集客を学ぶ。昨今のアルゴリズムは、注目を得ているツイートをTLに表示させるのだから、この傾向は更に加速する。

 

やはり僕は、こうしたグループ内というか、寄ってたかって語りだすような、同じ文脈ありきなネタみたいなものが、あまり好きでないのかもしれない。

 

人は集団化した時点から陳腐化が始まる。家族だろうが、友人関係だろうが、社会が生成された時点で身内ネタが生じる。身内ネタというのはある種、面白さの再生産だ。思考不要で、過去の経験則を踏まえるだけで楽しさを生成出来る。そして、身内の枠が広がれば広がる程に、面白さの共通項は薄っすら伸ばされながら、全体を覆い尽くす。それが今のネットに在る空気感だと、ふと感じたりする。

 

そうした日々に多少嫌気が差している状況で、少し冒頭の中学時代の話、その続きを思い出した。同じクラスに、ほぼほぼ年間を通して不登校だったAというヤツがいた。そんなんだから、大して仲良くもないし、印象にもあまり残っていなかった。それでもAは卒業式に学校へやってきた。

 

突然の登校に多少周囲がざわついたものの、Aは終始俯き加減で、ほとんど誰とも会話することなく1日を過ごした。そして偶然、というか冒頭に書いた通り、僕も卒業式の後は、ぼっちですることもなかったので、面白半分にAに話しかけてみた。「今日、来たんだ」「まぁ区切りだったし。」そんな回答だった気がする。

 

加えて聞いた。「実際、何してたの?」と。そうすると、Aは「バイトとラジオを聴いていた」と言う。その頃僕も深夜ラジオにハマり倒していた頃で、周囲に話せる友人がなかなかいなかった。気づけば、短い時間だったけれど彼とANNやらジャンクやら、そんな話題で盛り上がり、Aの話っぷりには少しセンスすら感じた。本来、Aが通学していればもっと話せたはずだったのに、正直惜しい気持ちがした。「なんでこれまで学校来なかったんだよ」と冗談めかして言うと「ラジオ聞いているより詰まらないし」と一蹴。

 

勿論、彼は彼なりにツライ事があって、不登校になってしまったという話も噂で聞いていた。それでも、こんな面白さを秘めていたなんて。

 

中学時代なんてバカやって、クラスの中で人気あるヤツこそが面白い、みたいな風潮の中、Aの在り方は僕にとって一つカルチャーショックだった。たった一人でも、スタンドアロンに面白いヤツっているんだ。その事実を、Aは教えてくれた気がする。

 

むしろ、今。周囲の評価やらネタに流されることなく、本当に面白い事が見れるのはやはり個人の衝動だと思う。大衆の目でなく、一人の意思を優先すること。色んな価値観が過渡期を迎えていて、様々なコンテンツが、様々な形式で発信される中。淡々と何かを為していく人というのを僕は応援したいし、そしてそう在りたいんだよな、という愚痴半分な独り言でした。

 

こんな感じの記事を書き終えてから、ダ・ダ・恐山氏がこんな記事ツイートでバズっていた。そうそう。俺もこういう事が言いたかったんだよ。

正直、このツイートを見てからこの記事を出すのはサブイので、ボツにでもしようと思ったけれど、勿体ないので掲載してしまった。周囲の尖った方々を見ては、ちゃんと自分の尺度を持ち続けなければと思う次第です。梅雨ですが、なんとか生きていきたいところです。

 

紙媒体で同人誌を出すことについて

久々に文庫本を読んだ気がする。


メールボックスやらクラウドサービスを2度見、3度見する。

 

今日アップする記事。書き上げていたはずのデータがどこにも保存されていない。もうアップするだけと思っていたから、酒もある程度飲んでしまった。これはなかなかショックだ。週一回は更新を続けるという意思が3週目にして折れかける。

 

ということで、なんとか途中まで書きかけた文章を引っ張り出しながら、必死に書き繋いでいる。紙ならこんなことはないのだけれど…というボヤキと共に今回のテーマを何とか書き上げていきたい。ということで以下、本題。

 

 

夏のコミケに受かっていた。コミケという文化もコロナで2~3年離れていたら、もはや現実味のないイベントのように思えている。10年近くせっせと本を作っていたというのに、喉元過ぎてしまえばそんなものである。コミケというイベントへの思い入れだったり、具体的な同人誌に関するネタや企画の話はまた今度にする。

 

今回は、そのもう少し手前の部分。同人誌そのもの、「紙媒体」という所に焦点を当てて話しをしてみたい。

 

そういえば「電子書籍元年」そんな言葉を、雑誌や新聞でよく目にしていたのは、今から10年ほど前くらいからだろうか。スマートフォンタブレット端末が世に普及し始め「今後はこれで書籍や新聞、記事を読むんだ!」みたいな、謎の意気込みを感じられる記事が幾らでも読めたあの時代。

 

今から思えば「そんな語調強めなくても、自然にそうなるって。」とは思うのだけれど、それ程までに、人類はメディアとしての紙に依存していた、という事の裏返しだろう。思い出されるのは、小学校時代の勉強机の上。並んでいたのは、使い古された国語辞典や英和辞典に和英辞典、更に何版かも分からない広辞苑が、開かれる事もなく有難みすら伴って鎮座していた。

 

当時の僕はと言えば、未来の知恵たるインターネットがもたらすであろう電子書籍に希望を見ていた一人の少年だったわけで。中学時代からひたすら古本屋で買い漁った文庫本や漫画本が発するかび臭さに多少の嫌気を感じ、「元年」記事に同調するように「つーか電子書籍だろこれからは」と鼻息荒く、各社から発売される端末情報をチェックしていた覚えがある。

 

そんな思い出を頭の片隅に置きつつ、時を今に戻そう。スマホを持つことがひとつの人権になり、iPadやらkindleやらといったタブレット端末を個人で数台保有しててもおかしくない。漫画雑誌が電車の網棚に置かれているのを見たのは、いつが最後だったかも覚えていない。

 

更に消費者目線だけでない。同人誌作りという哀しい趣味に手を出してしまった身としては、同人誌ショップやDLサイトが運営してくれる電子版販売という存在は非常にありがたい。在庫管理の必要もなく、紙のような品質劣化も心配することがない。在庫保有を気にせずとも、定期的に購入者のおかげで月に多少ながら実入りがある。

 

こと「本」という文化圏において。紙としてのメディアの意味はどこにあるもんなのか。電子版の便利さを感じてしまうと、かなり疑問に思うし、紙が駆逐される傾向はいや増して加速していくだろう。それは間違いない。

 

と、そんな日々の中で最近、何の気なく昔好んで読んでいた文庫本を読みたくなった日があった。

 

94年まで存命だったアメリカの詩人で、晩年に大成したチャールズ・ブコウスキーのエッセイ集。老いても尚創作を続けつつ、日々競馬場に通いながら、クソみたいな人生とこれから訪れる死について軽妙に語る一冊。僕もそろそろ人生の過渡期みたいな時期に差し掛かり始め、何だかそんなものを読みたい気分になった。

 

かなり久々に紙の本を読むことにしたが、さっと取り出せた。開いてみると、薄汚れたいくつかの頁の端が折れている。昔から僕は本を読むときドッグイヤーをする習慣がある。気になる頁の端を少し折り曲げる行為で、勿論買った本にしかしない。案の定、この本もいくつかの頁が折れていた。恐らくは働き始めあたりに読んでは折り曲げたのか、保管状態が悪く、単に折曲がってしまったのか。

 

それでも、折れ曲がった頁を開くと、どことなく自分の心情に刺さる言葉と出会えたりする。その当時に自分が悩んでいた事や、鬱屈としていた感情が呼び起こされる。そしてまた今、自分の気持ちに沿った頁も折り曲げてみる。当然ながら、電子書籍にも線を引いたりインデックスを付ける機能はある。加えて僕自身も「紙にはやっぱし温もりがあるから」なんていう安易な旧時代擁護には中指を立てている方である。

 

それでも、何か紙が少し折れ曲がっているだけで、その頁に引き込まれ、かつてその本を読んだ際の気持ちが蘇るというのは不思議な感覚だった。

 

同人誌にしても同様に。夏コミに向け、印刷所にデータを投げ、現物としての本を今作成しようとしている。既刊の頒布については電子書籍頒布がメインだし、今更本を出す、というのも言ってしまえばナンセンスかもしれない。在庫リスクはあるし、何せ運搬が面倒だ。

 

しかしながら、コミケやら同人イベントに行けば分かる通り、時代錯誤と呼べばいいのか自分の作った本を目の前に並べ、通りゆく人に売るという酔狂な場面が広がっている。それは、ある意味でデータで補完出来るものでなく、紙自体が「情報を具体的に手にする」という体験を提供するメディアだからなのかもしれない。

 

今、情報は単に見るものであり、送受信し、拡散させるものだ。その本質は速度や使い勝手の良さが最優先される。そんな情報の一つの在り方として、紙はその逆張りと言ってもいい。現物として手元にあるというのは、それこそ不便だと宣言しているようである。しかし、不便=悪という訳でもあるまい。

 

「不便さが生むもの」とは言ってみたが、なんだかこの論調自体がオッサンのエッセイぽくてすげえイヤ。ただ実際そうなのだから仕方ない。同人誌を印刷して作るという行為は、不便さを受け入れ、「情報を手にするという体験」を売る側にも、買う側にも与えるものなのだろうなと思った。

 

まぁ、かつてのソフト産業は全てこれが当てはまっていたわけで。CD、カセット、レコード、ビデオ、雑誌…つまるところ所有という体験だ。現在、サブスクや動画サイトなどで、具体的な現物体験を失った人々は、ある意味でこうした同人誌のような「現物がある」世界に、これまでとは違った価値を見出していくのかもしれない。紙という価値は、再度個人の市場において輝く存在になるのかも。

 

などと、久々に文庫本を開いては、同人誌を作るモチベーションを維持させようという駄文でした。

 

それにしても、冒頭書いた通り。本当に昔作った同人誌についてデータが消失しているけれど本は残っているという事案もあるわけで。Yahoo!ジオシティーズが消えた今、あながち、保管という意味での紙媒体の価値は見直されてしまうのかもしれない。

 

よし、今週もギリギリなんとかなった。とりあえずコミケ原稿にも手を付けなければ。入梅の独り言でした。

 

「平等」をコスパが担保する時代

先週。今後は週に一度、ブログでも更新するかなどと気軽に言ってみた結果、案の定自分の首を自分で締める結果となっている。やはり話題なんてポンポンと浮かんでくるわけもなく、眺める先はネットというか、世間の闇たるTwitter
 
 
ただ、そこに何もないかといえば、何かしらは見つかるわけで。ということで今回は、そこでバズッた話題から、少しだけ気になるというか、ふと思い浮かんだ事があったので書き連ねていきたい。
 
 
その話題というのは、イチロー氏とひろゆき氏の比較みたいなツイートである。

 

イチロー氏のインタビュー記事画像を引っ張ってきて「失敗して回り道することが結局は一番の近道になるし、深みも違う」というコメントから、なんでもコスパ重視する象徴的存在であるひろゆきを叩く、という内容だ。
 
 
そもそも比較自体どうなのという話ではあるのだが、分かりやすいぐらいTwitter受けしそうな内容の通りバズってはいた。と、そんな中僕が気になったのは、リプ欄にいくつかついていたひろゆき氏擁護のコメントだった。
 
 
その論調を纏めてみれば「結局の所、僕らがどれだけ努力を重ねようがイチローにはなれない。それであるならば、ひろゆき氏の論調の方が有難い」というもの。
 
 
この言葉には、かなり今の世の中に対する本質的な感情が籠っている気がして無視出来なかった。というのも、ネット世間において、こと30代以上になってくると、アンチひろゆき氏の人口は高い。これまでの発言であるとか、ファクトより論破重視、一貫性のないスタンスにおいて、どうしたって好きになれなかったりする。
 
 
それでも、配信などにおいても一定数のフォロワーを持ち、多少の疑問は抱かれながら、世の中に一家言持ち続けているわけである。一体なぜ。そんな疑問が前々からあったのだが、対して先の擁護コメントは実に的確な知見を与えてくれていると感じた。
 
 
 
今の世の中。Youtuber辺りが好んで言う「コスパ」や「効率」がもたらしているもの、それは今風の「平等」に対する考え方なのかもしれない。
 
 
極端な例ではあるのだけれど、イチロー氏を始めプロスポーツ選手ってのは、彼ら彼女らが積んできたトレーニングも勿論だが、往々にして生まれ持った身体もまた才能のひとつである。それは、先の「努力したってイチローにはなれない」という発想に表れている通り。これは、スポーツのみならず学力でも同様の事が言えるだろう。親の遺伝子、生まれた家の環境、地域、時代。それによって、学力差が生じることに大きな反論はない。
 
 
即ち、よく言われる「機会の平等」なんてものは、教育現場の特有のお題目であって、そもそも本質的には存在しない概念である、というのがぶっちゃけたところだ。この話題を続けると、おおよそ「自助努力」って話題が飛んでくる。いや、そうは言っても「なりたい像」があるのであれば、努力すればいいじゃんって角度の反論だ。
 
 
しかしながら、上記の「格差論」をより進めていくと、そもそも「努力」出来るか、否かについても環境差というものが付いて回る。同じ親の、同じ教育方針でもない限り、子の「努力」に対するスタンスも変わってくるのは間違いない。イチロー氏だって、幼少期からの親父さんによる熱血指導があった。お前、家庭も性格も異なる人間に、同じ努力を強いる方が残酷なのでは?そんな問いすら垣間見えてしまう。
 
 
そこでいよいよ出番となるのが、ひろゆき氏の論調を始めとした「コスパ重視」という発想である。意思が少しだけでもあれば、誰でも、効率的に、結果に繋がるという意味で、それら思想が提供するものは、単純なコスパというにとどまらず、最早ある種の「平等思想」ではないか、ということだ。
 
 
新自由主義以降の「自助努力」に重きを置いた時代の結果、努力値すらも結局、格差のうちに含まれていた、というぼんやりとした失望が覆う中、短い構文だったり、シンプルなロジックで相手を論破していくひろゆき氏の在り方というのは一種の救いに見えなくもない。
 
 
努力や経験、実際的な知能でなく、とかく目先のハウツーが重視されるという意味では、90年代以降のハウツーブーム再来という感もあるけれど、当時が「スキル」としての扱いだったのに対して、現在のコスパ重視のスマートさは、ある種思想的な救いになっているようにすら感じる。
 
 
動画サイトを中心に、インフルエンサーが世の生き方を説いているという形は、もはや説法のそれに近い。そして、自己研鑽で自分自身がひとり上に向かっていく向上心というより、ボトムを引き上げて、誰もが安心を得られる、いわば平等に対する願望がそこに見て取れるようである。
 
 
案外、そうした思想を冷静に見てみると、効率や結果を重視し、初期ハードルの低さを万人に提供しているという意味においては、大して悪いものでもない気がしてきたところで。と、ここでひろゆき氏周辺に対して抱いてしまう胡散臭さについても、簡単に考えておきたい。
 
 
何故、こうした思想の良さを一面では理解できるものの、どうしたって何かこう反発的な感情を抱いてしまうのか。簡単に言ってしまえば、その言行不一致の在り方だと思う。ひろゆき氏ばかり引合に出して恐縮なのだけれど、いくらコスパ重視の思想を説いていたところで、彼自身。顔出しでメディアに出たり、配信を行ったり、そもそもかつては巨大掲示板立上げの当事者だったりするわけで。
 
 
つまり、それ相応のコストやリスクを払っているのだ。常にネット民から全力で殴られ続ける状態というのは、普通に考えれば大きなコストだろう。常人がおいそれと耐えられるものでもない。その割に、説いている話は、シンプルでコスパ重視。言っている事と、やっている事が正直見合っていない。彼が人に説く理屈と効率は、彼の生き方そのものでない。あくまでも、商材なのだ。
 
 
その他、同様に「簡単さ」「単純さ」を説いて回る人間に感じる不信感の根はここにある気がする。効率を重視する割に、表に出るというリスクは払う。自己実現の為の、投資は行う。これ自体悪いことでないのだけれど、そこに対して薄っすらとした矛盾を感じてしまうか否かが、この思想を受け入れられるかどうかの、分かれ道なのかもしれない。
 
 
 
大して、オチもないまま書き続けてしまったのだけれども。僕個人の話で言えば、まぁ理不尽な苦労なんてものは、確実に誰もが経験するものなので、変に効率効率言ってないで、日々実直にやるしかないのでは。というところだろうか。
 
 
そういう意味で言えば、多分イチロー氏の発言に寄るところが大きいのだけれども、今回はむしろ「その効率やコスパが救っているモノって一体」という話をしてみたかったわけで。平等なんて言葉が薄っぺらくなった時代に、自分を支える考えが一体どのようなものなのか、一度整理してみてもいいのではないかと思う梅雨の始まりでした。
 
 

同じ映画を何周も見れない人の話


あまり肩肘張ったような話題でなくとも、定期的にブログを書いていきたい。この前、寝ている間にそんな事を思ったので、短く、のんべんだらりと書いていくことにする。

 

目標は毎週水曜更新だ。週一ペース?いいのか、そんな事言ってしまって。と脳内の自分が囁くが、目標などどこかに書いて張り出さねば確実に頓挫するし、書いても6割は頓挫する。だったら書いた方が、4割成功の可能性が生まれる。そんな壮大な目論見を踏まえて、大したことない話題を書き連ねていきたい。

 

 

ふと。嫁は、今シーズンのコナン映画を何度見たのだろうか。よく知人と「コナンの映画を見てくる」と言って出かけていくのを、何度か「行ってらっしゃい」と見送った記憶はあるのだが、はて。

 

「おい、何度目だ」なんてツッコミを入れてしまうのも野暮な気もするし、「狭量な夫だなぁ」などと思われるのも今後の生活に支障をきたす。コナン映画には、きっと何度見ても良い成分が配合されているに違いない。互いの信仰(趣味)には口を出さないというのも、適切な距離を作るための夫婦生活の知恵である。

 

それにしてもだ。よく同じ映画を何度も見られるものだ。と個人的には思うわけで。僕としては、そもそも同じ映画を何度も見る事があまり好きでなかったりする。オタクがよく「この映画は5回見てきた」「いやいや、10回は見るっしょ」なんて話題を投げ合っているのを見て、すげえなと思うものの、一本の映画をたくさん見るという行為をいまいち理解できていない。

 

勿論。一人で一度見た作品を別途友人から誘われて、もう一度見に行く。みたいなことはよくある。すると、全体のストーリーを分かってから見た方が「なるほど、このシーンはこういうことなのね」と理解が行き届くという経験も得た。それでも、映画は一度だけ見たい。多分、映画に期待しているものの違いなのかもしれないなぁ、などとぼんやり思っていたのだけれど。

 

そんな内省に少し答えを見た気がしたのは先日。昨今話題になっている『シン・ウルトラマン』を僕も観てきた。早速、感想についてTwitterのスペースで、知人らと討論交わしてみたりしたわけだが、特撮マニアから言わせれば、この映画はネタの宝庫であり、庵野&樋口コンビによるネタ演出が細部に至るまで散りばめられているという。一度見て、それらを網羅するのは大変だったし、何より疲れる。これは何度か見る必要があるでしょ。という見解だった。

 

それに対して、結局のところ、僕は「逃してしまったシーンは逃してしまった」で良いと思っていることに気づいた次第。こう言うと「緻密に作りこまれた所まで気が付かないのは、受け手として作品を作った側を冒涜している」とオタク全般を怒らせてしまう気がする。いつの時代もネットは怖い。

 

それでもだ。2時間前後の時間、映画館において映画を見るというのは、その物語に没頭する行為なわけで。鑑賞している最中というのは、自分の時間軸と映画の時間軸が重なっていて、それは、自分の人生の時間と同様に、後戻りの出来ないものであってほしいという感情が僕の中のどこかにある。そこで得られた感情や感動こそが「すべて」なのであって、それ以上繰り返すのは「たられば」の世界線の感情ではないか。と。

 

いや、完全に屁理屈だし、映画なんて何度も見に行けるんだから、行けばいいんじゃねえかと自分でも思うのだけれど。その「一度きり」というのが僕は好きなんだと思う。この人生というか、今日が何度も体験可能だとすれば、恐らく何事もラフな態度になってしまう。次の機会があると分かっていると、真剣みに欠ける。映画も、一回で得た感情こそ大事にしたい。どうも、そういう捻くれた思想が僕にはあるようだ。

 

結局『シン・ウルトラマン』については、ウルトラマン素人の身としてはかなり薄い情報量しか得られていないと思う。それでもDAICON  FILM時代の作品が過ったりしながら、個人的には一度であっても、良質なエモさを得てしまったので、それで良いと思っている。

 

まぁ、ふと過った映画の見方に関する感想として、同調するも、軽蔑するもよし。とりあえずは脳内にあった感情を吐き出せたので、スッキリして今週は終えたい。本当に続けられるのだろうか。まだ6月というのに夏日が続いているため、体調には気を付けていきたい。

 

 

堀江由衣ツアー「文学少女倶楽部Ⅱ」に行って感じた「17歳教」の本質

ライブレポというよりほぼエッセイなおじさん回顧文章となります…

唐突だが、自分がオタクだと自覚してから。推しのライブは貴重な生きがいのひとつとなった。

 

現場特有の高揚感、同じ時間を共有することで得られる臨場感、参加出来ることへの昂ぶりと参加出来た事への達成感。これらの感情は、なかなか他で代用出来るものでなかったりする。しかしながら、この2年ほど。この「ライブ」という文化自体がタブーとなってしまった。オタクでなくとも、様々なイベントやフェス、公演が中止になり、悲しい思いをした人も多かったことだろう。

 

2019年12月。思えば、僕がコロナ前の世界で最後に参加出来たライブは、堀江由衣のライブツアー「文学少女倶楽部」だった。上記の話に漏れず、コロナ禍以降、僕自身も以前エントリで残したこの時の感情を思い返しながら「チケット予約⇒中止」悔しい思いを繰り返した。

wagahaji.hatenablog.com

そして、それから2年半。ようやく、世の中は少しずつ「正常」に向かい始めている。以前と異なるルールは組み込まれているけれども、皆で集まって音楽を聴けるようになってきた。そして、コロナ以降初めてのオタク現場への参加も、何の因果か、堀江由衣のライブツアー「文学少女倶楽部Ⅱ」となったわけで。

堀江由衣ライブツアー2022 文学少女倶楽部Ⅱ~放課後リピート~

 

今回は勿論、参加出来て楽しかったよという思いと共に、本件について、関係あることないことも含めて、つらつらと独り言を漏らしていく。と、ライブの話に移る前に少しばかり、自分の昔の話をしたい。暇つぶしと思って付き合ってほしい。

 

・17歳での初体験

そう書くといかがわしい話っぽくなるけれど、単純に初めて堀江由衣のライブツアーに参加したという話だ。なんなら声優のライブというのも初めてだった。冒頭の写真に当時の半券を掲げた通り2006年のこと。年齢がバレてしまうけれど、まぁ、そんなところである。

 

既に本ブログに書いている話ではあるのが、僕は中学時代、同じ野球部だった友人(ここでは「A」としよう)に堕とされオタクの道を歩み始めた。徐々に深夜アニメを見始めたという僕に、Aは優しく布教するでもなしに「声優の名前分からないとかダサい」というスタンスで煽りやがった結果、異常なほど悔しくなって一週間でほぼすべてのアニラジを聞き通して、今の僕がいる。

 

そして、Aは特に堀江由衣を推していた。音源などを貸し出された結果、やはり影響され、僕は楽曲やアニメ、ラジオを通して同様に彼女のファンとなった。そしてライブに行ってみよう、という話になる。

 

2006年2月の東京国際フォーラム。なんとかチケットを確保し、ライブ当日。今でも朧気ながら覚えている。その日は平日だったので、2人とも放課後に部活をサボって、制服のまま急いで有楽町に向かった。開演ギリギリ、何とか現場に到着するとそこで目にしたのは屈強な黒ネコ同盟の面々。声優ライブ自体が初めてだったこともあり、周囲のオタクやその雰囲気に怯む気持ちを何とか抑えて会場入り。

 

そしてライブが始まると、完全に圧倒された。ラジオで毎週楽しみに聞いている、その御声が目のまえで歌い、MCトークしている。そして周囲からは一糸乱れぬコールが沸く。これがオタクのライブか…完全にカルチャーショックだった。興奮気味に感動を語る僕をよそ目に、Aは「まぁこんなもんだろ」と何故か冷やかに返した。そういうやつだった。

 

それから気づけば16年。社会人になってこの10年ほどはAとも会わなくなり、しばらく共に参加していたコミケも、僕一人だけが参加するようになった。友人づたいに聞けばAは、オタク文化とも縁遠くなったとのこと。僕をオタクに堕とした根源でもあるだけに多少寂しいもんだと感じつつ、今回のライブツアー参戦に当たりそんな事を思い出していた。

 

・「17歳」を本気で信奉しているように見える堀江さんにやはり涙する

ここからライブセトリやストーリーの話などネタバレ含むので、読むかどうか各位ご判断ください。

 

昔話を終え、ライブ当日の話をするに当たり、少し「17歳教」の話をしたい。言うまでもないことなので、かなり割愛するが井上喜久子氏を教祖とする声優界で一時力を持った新興宗教である。あまり僕が講釈垂れても仕方がないので、知らない方はニコニコ大百科あたりを参照してほしい。

17歳教とは (ジュウナナサイキョウとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

 

とかく「自分は17歳である。」という気概と信念を持って生きていくという発想なのだけれども、こと堀江女史のライブツアー「文学少女倶楽部」に参加してみるとその思想の強さに感じ入る。特に今回コンセプトに関して言えば「高校生活文学祭でのライブをタイムリープしながら繰り返す」である。17歳教が形骸化して久しい中、もはやルターの宗教改革のような姿勢が潔い。

 

バンドメンバーとダンサーらが部活である「文学少女倶楽部」の一員としてバンド結成、文化祭でのライブ成功を目指し、我々「劇団ほりえ」(ライブに集うファンのこと)がその文化祭の観客となるストーリー構成なのだが、不思議なもので幕間のドラマ映像と共に、細かく演出されたライブを見ているうちに、自分の高校時代も(黒歴史含めて)過ってしまう。

 

セットリストも良くなかったのだろう。当然のことながら、今年の3月にリリースされた新譜『文学少女の歌集Ⅱ-月とカエルと文学少女-』の曲を主体としながらも、あの頃の楽曲をふんだんに盛り込んでくる。2000年代、シングルとしてリリースされた『キラリ☆宝物』『ALL MY LOVE』『ヒカリ』『Days』『恋する天気図』などなど、10代電車内でバカ程聴いた楽曲は心の奥底に染み込んでおり、いちいちチョイスが刺さって仕方ない。既に前半で涙ぐんでいる。

 

ライブお馴染みの『笑顔の連鎖』『YAHHO!!』ももちろんのこと、更に、堀江女史のファンで知られ、数々の複雑な名曲を提供するアーティストの清竜人氏の楽曲も加わり、当時からMDに録音しては、通学途中に聞き続けた楽曲が生バンド演奏となって延々押し寄せてくるわけだ。改めて一言で言おう、そんなん感無量じゃねえの。

 

今回コロナ対策ということで発声は禁止。いつものコールが出来ないことに対して「それで楽しめるのだろうか」という一抹の不安は正直あった。それでも、今回はペンライトに「声援ボタン」(フー、とかハイ!とか言う)を仕込むといった離れ業や、一曲丸まる振り付けを強いられる(劇団なので仕方のないこと)場面もあり、声を出さずとも楽しめる気遣いが随所に見られた。

 

そして、やはり普段なら全力でコールしている場面において、僕らは全力でペンライトを振る。声は出せずとも、決してほっちゃんへの「思い」が消えたわけではない。ライブ本編最後の定番曲『CHILDISH♡LOVE♡WORLD』において「大好き」と叫ぶはずの箇所では、万感の思い溢れて、やはり涙が零れてしまった。正面から見られたら完全なるキモオタのそれである。その上、声が出せない分、内省が強まったのか、2006年に有楽町で『笑顔の連鎖』を聴いて流した涙と重なった。

 

その瞬間、まるで僕自身も、17歳だった頃に戻ってしまったようだった。「若き頃を忘れない」なんて言えば、老いたことがただ鮮明化するだけかもしれないけれど、10代に得た感情・激情は、やはり貴重なものである。数々の楽曲と堀江女史の声に触れる中、それを呼び起こされたのは間違いない。自ら17歳であることを信じ、見る人にすら17歳を具現させる。

 

そうした意味で、僕にとって今回の「文学少女倶楽部Ⅱ」は「17歳教」の真髄を見せられたライブだったと言えるのかもしれない。

 

・あの頃から続き、そして、これからも続くもの。

少し話は戻るが、この連休。先の友人Aに対して「久々飲もう」と誘った。というのも、彼が勤めていると聴いていた会社が傾きかけているというニュースを偶然見て、多少心配になったからだ。こちらに他意はないものの、向こうは怪しんだかもしれない。ただ、思いのほか簡単に承諾してくれた。

 

Aから提示された日程を見てみると、不思議なことに見覚えのある日にNGがついている。「これ…いやまさかな。」脱オタしていたと聞いていた為、恐る恐る確認を取る。

 

堀江由衣のツアー日程じゃねえのこれ?」

「そうだが」

 

案の定、彼は今回ツアーに参戦していた。実際に飲みに行って話してみた結果、何のことはない。コミケやら同人文化には多少縁遠くなっていたものの、アニメは毎期数作品見続けているし、何なら堀江由衣現場には足を運び続けていたらしい。2019年のツアーにも参加していたということだった。僕としては、なんだかホッとしたのと、少し嬉しくなってしまった。

 

昨晩のライブ終了後。予想を遥かに超える3時間半の公演を終え、終電もギリギリだったため、一緒に参加したメンバー各位との打ち上げは見送って、早々にAと地元へ帰ることにした。何も食べていなかった為、駅周辺で深夜までやっている寂れたラーメン屋に入り、さっそく瓶ビールを傾けた。

 

Aはあの頃のまま不愛想で、何を言っても言い合いっぽい口調となる。「最高だったな、 『ALL MY LOVE』を令和に聞けるなんて」「『陸上防衛隊まおちゃん』なんて、今誰が分かるんだよ。」「バカ言え、今むしろ見るべき名作だろ。丸山シルヴィアの関西弁で俺はファンになったんだから。」「大阪弁と言えば、松岡由貴一択だろ。」「は?お前、松岡由貴大阪弁キャラ全員言えんのか?…」気づけば、日付が回っていた。

 

16年前。こいつと共に、学生服着ながら追っかけた声優が、今も尚推しとして居続けてくれている。心から凄いことだと思った。一時は離れた関係がこうして、一人の推しのライブを起点によみがえった。Aとはもしかしたら、この10年そうであったように、この後10年会うことはないかもしれない。それでも、ある種連なった結び目のように。出会うべきタイミングがあれば、邂逅するときは来るのだとぼんやり思った。

 

「本当、元気でいてほしいよな。」「それな。」

 

最後にそう言って僕らは店を出た。17歳教は、僕にとってもあの頃に戻れる思想なのだ。堀江由衣という存在がいつまでも17歳でいようとしてくれるおかげで、僕らも、いつだって17歳に戻れる。現実逃避だと怒られるかもしれないけれど、また10代の気持ちを背負って、歳を取っていく。あの時の推しが今も尚推せるからこそ、後ろに支えがあるからこそ、人は前を向ける。しかも今も尚、その17歳はパフォーマンスを更新中なのだ。はっきり言ってやろう。最高じゃないか。

 

そんなことを思いながら、胃もたれで目覚める今日。いや、もう深夜のラーメンはしんどいすね。

 

 

以上、という感じ。今回ライブも最高だったけれど、やはり全力で声を出したい。コールで思いを伝えたい。書きながら、改めてそんな感情が強まってしまった次第です。

 

4000文字強書いておいて、半分以上エッセイ記事になってしまい恐縮なのだけれども、現場で見るほっちゃんはやはり最強なんだよな…という気持ちだけ伝われば僥倖でございます。連休最後ということで鬱蒼とはしておりますが、本当にいい体験でした。いつまでも、この貴重な経験が出来る事を祈って。

 

心理カウンセリングを受けてみて気づいたこと。

毎度ながら明るい話ではない。要旨はタイトルの通りだ。こういう機会を初めて設けてみて、気づいたことについて、思考の整理がてら書き残すことにする。そういう類のモヤモヤを抱えている人の一助になればと、少し思う。

 

 

高校くらいの頃からだろうか。このブログでも少し触れてきたけれど、過去色々な事があり、突然の動悸だったり軽い躁鬱、パニックを起こす傾向がある。それら身体症状を抑えるため、長らく安定剤に頼る生活を続けている。とは言っても、日々飲まなければならない程ではなく、調子が悪くなってきた時用の頓服としてだし、貰っているものも強くはない薬だ。

 

しかしながら、そんな生活ももう15年以上続いているもんだから、延々クリニックに通い、薬を処方し続けてもらうのも面倒になってきた。もはや、性格にまで落とし込まれたメンタルヘルスの欠落を抜本的に直す方法はないものか。ということで、先日初めて心理カウンセリングというものを受けてみることにした。

 

心療内科やクリニックは主だって、医師がいて処方箋で対応してくれるところと、心理士がカウンセリングをしてくれるところに分かれる。もちろん双方兼ねている場所もあるけれど、心療内科を受診して後者を期待していたら、風邪のように簡単な問診で薬を出され、拍子抜けした方もいるのではないだろうか。今後、そうした医者に掛かろうとしている人がいるならば、自分がどちらを望んでいるのか、検討しつつ事前に調べた方がいい。

 

ということで、自分の話に戻る。カウンセリングを受ける、ということは自分の心理的な分析を心理士の先生と一緒に行う事になるわけだ。まずは自分の来歴や、メンタルの傾向を持つに至った経緯を整理して話す必要がある。

 

クライアントにもよるのだろうが、カウンセリングは数年単位の長期間に及ぶ可能性があるという。そりゃ、性格に根差した部分の修正・改善を目指す訳だから当然のことだろう。逆に言えば、初回は導入の導入。自分の来歴や気になる症状、その要因について簡単に説明する程度のものだろうと、気軽に思っていた。

 

正直言えば、僕は自分の心理面でのセルフコントロールに多少の自信があった。何せ僕のようなメンタル弱者は、素人なりにも自分の感情制御を理解していなければ、日々会社に出社し、現実社会を生きていくのは難しい。

 

実際、僕が行っていることは至ってシンプルである。少しでも気分が滅入ったら、その時の素直な感情をノートに書きだして、都度見返したりする。こうすることで自分の感情を客観視することが出来る上、習慣に出来れば季節ごとの傾向や周期も掴むことが出来る。個人的な経験則に照らせば、これは有用だったし、このノートも薬と同様に15年ほど継続している。

 

SNSで同じことをやろうとするとリアクションが気になってしまうので、当然の事ながらしんどい。アナログの方が自分に正直になれるし、何より書きっぱなしで済む。)

 

その為、カウンセリングを受けるにあたっても、自分の事は自分で理解出来ていると思っていた。それを説明した上で何か助言を貰えれば、というくらいに考えていたわけである。そして当日。事前に想定していた通り、自分の来歴と経緯について、改めて言葉として心理士先生に説明する。至ってスマートかつ事務的に進むと思っていた説明の中で、僕は思わぬ感情に陥った。

 

「あれ?思った以上に自分の人生、しんどい部類だったりする?」

 

アホみたいな状態だった。自分の知っている自分の歴史である。それに対して、自分は既に様々な角度から評価を下していて、ツライ過去も乗り越えたと思っていたし、振り返っても仕方がないとドライな距離感を保つよう心掛けていた。自分にとって、それら過去は終わったことだからだ。

 

一方で、これまで自分の生い立ちの「あまり笑えない部分」について、ノートに愚痴のように書き散らしたことはあっても、誰か人に語ったことはあまりない。何せ、聞いたところでまるで面白くないからだ。笑いどころもない、取れ高もない、暗くなるだけ。つまり需要のない話はしたくない。誰も得をしないではないか、とそう思っていた。

 

今回、心理士先生には60分間、安くない料金を払ってそんな需要のない話を聞いてもらった訳だ。だからこそ僕も腹を決めて話が出来た。そして、言葉にして、その言葉を聞いている心理士先生を見て、ようやく自分の経験がストーリーとして感じられたのだと思う。

 

そして、それは思った以上にキツかった。簡単に文字に出来た事が、まさか言葉にしづらいとは思っていなかった。エピソードトークになると、こんなエグみが増すのかと自分でも少し笑ってしまった。常に過去起こったことの評価を自分だけで判断し、PDCAを回してきた自分にとって、初めての経験だった。

 

会話の本質は、反射にあるのだろう。言葉が相手に届き、そのリアクションで、自分が言ったことを再度理解する。双方向による情報の摂取は、個人で行う情報の理解とはまるで性質が違う。自分の悩みは、話してみて初めて悩みの「深度」が分かる。出来事として、自分がどう判断するか、どう処理するかでなく、そもそもそれが「どんな事態なのか」をやっと把握出来る。これは貴重な体験だった。

 

その細かい話についてはここで書く必要もないし、多少長い目でこのカウンセリングと向き合う事になると思う。今回はその初回であり、今の僕の状況になんら進捗もない。ただ、やはり「人に話す」行為と「自分の中で考え答えを出す」という行為は、まるで別物なのだと思った。何か抱えている人は、何もカウンセリングでなくてもいいけれど、信頼のおける人に話すというフローを経た方がいいと感じ、ここまで文字にしてしまった。

 

悩みは一人で抱えるべきでない。巷でよく聞くその言葉の本意は、解決の糸口云々は置いておいて、そもそも「悩みそれ自体を本人が正しく評価することが非常に難しいから」なのかもしれない。確かに「話す」という行為はコストを伴う。けれどもそれだけの見返りもあるのだと。それを肌で実感できただけでも、今回カウンセリング依頼をしたことは、悪くない判断だったと感じる。

 

コロナ禍で中々人と会う機会も減り、人との距離感も測り兼ねる中、どうしたってストレスやモヤモヤは増加傾向にある。「人間」と書くその字の通り、人はそもそも社会の中で群れながら生きる生き物だ。ネットや動画サイトなどで一方向的に文字情報や動画情報を日々得る中で、個人での理解を繰り返しているうちに歪んでしまう認知も多くある。現に歪んでしまっている言説を日々眺める。そんな中、こんな経験から自分の感情を人に話すこと。改めて、この役割を感じた次第である。

 

もう桜も散る季節なのに、相も変わらず暗い内省を残して、明日からの仕事に備える所存です。適当に頑張りましょう。

 

内を省みると書いて、内省という話。

やっと今年に入って最初の記事を書いている。年が明けてから既に20日が経つ。日々社会でせっせと働いている身としてはもはや新年という気分も抜けて急ピッチでやってくる年度末に向けて身構えるべき……ところなんだけれども。

 

今回は、非常に内省的な事を書いていこうと思う。最近のモチベーションの状況と、維持方法についてだ。こんなことを書き出すということは、そう。完全に不調だったりする。仕事にも気力がない。趣味もいまいち熱が沸かない。ブログにも書くこともない。20万したゲーミングPCを買ってみても、ケツに火がつかない。コロナも相まって、人と話す機会は減っているから、冷静に自分を顧みることも難しい。並べて書いたら陰気な吉幾三みたいになってしまった。

 

そんなこんなで、30そこそこの中途半端な時期に差し掛かったおっさんが、何をしてもピンとこず、あの時期の欲や熱はどこいった。というような日々を過ごす中で、少し真面目にこの状況を考えてみようと思った次第。適当に考えた自分向けっぽい文章になってしまったので、お暇な方はどうぞ。



 

さて、これまで30年ほど生きてきて。「何かをしよう」という気持ちをどう起こしてきたか、という点についてちゃんと考えねばならなくなってしまった。思考の癖というか、自分のやる気スイッチの押し方そのものだから、毎度「何かをしよう」と考えるたびに、そのルーティンを繰り返してきたわけである。

 

例えば長いことやってきた同人誌制作。もちろん、何か企画を立ち上げようとする際には、話を聴きたい人を思い浮かべたり、あるいは今この枠組みで雑誌を作ったら面白いのではと脳内で盛り上がったりする。それがモチベーションにはつながるのだけれど、今回はそれ以前の話。そもそも「何か作ろう」なんてどうして思うんだっけってこと。

 

それら衝動みたいなものをどう呼び起こしていたのかと言えば、個人的な発想として、まず現状の否定がある。逆に「何もしない」ということは、自分の人生における時間を否定するものだという考えが、いつの頃からかぼんやり頭にあった。そもそも、人生には何か目的があって、人生に付随する時間は手段である、ドヤアみたいな。文字面を見れば、どんだけ生き急ぐのと思うのだけれども、何か行動を起こす淵源になっていた発想ではあるので、安直に否定は出来なかったりする。

 

まあ目的なんて大げさに書いたけれど、それはその都度、何をするかという事を決めれば良いだけである。試験だったり、創作物だったり、何でもいい。自分の人生を使うに値すると、自分で決めればそれで納得する。何かをする整合性がそこで生じる。そうすればあとはTODOと期日を纏めれば、成果物は自然と出来上がっていく。そんな流れを20代の間は繰り返しながらやってきた気がする。

 

一見して、悪くないサイクルなんだけれども、最近この手法自体に戸惑いや綻びが生じるようになってしまった。エラーが起きていたのは恐らく「目的に対する納得」の箇所。何か行動をそこにセットしてみても、自分からの承認が降りてこない。承認者の機嫌が悪いのか。日を改めてみてもそれが覆ることがなかった。

 

それがここしばらく、1年ほど続いている。これは明らかにおかしい。こう書かないとルーティンが壊れていることにも気づかないのもある種の恐怖だ。そして、何をすべきか承認されないままでいると、最初に書いたモチベーションの淵源である「現状の否定」が機能不全を起こす。免疫みたいなもので、ウイルスを除去するという目的から外れ、自分自身の攻撃だけに勤しみ出す。延々と続く自己否定。何をしようにも承認は降りることなく、意欲は湧かず、正直かなりしんどい。



ところでネットで「クォーターライフクライシス」という概念を見たことがある。20代後半から30代前半にかけて、人生100年と考えるとクォーターあたりのタイミングで抱える抑うつとした感情のことだという。てか、これじゃん。完全にこの状態にハマっている気がする。世間一般あるあるなのかよ、と少し恥ずかしくなったが、今も抜け出せたとは言い難い。

 

恐らくながら、この10代からのルーティンの故障時期というか、ある種ソニータイマーのような時限設定が存在していて、それが現在自分が抱えているクライシスの原因ではないかと思う。ではこのタイマーの本質は何かと考える。

 

それを見出すには、これまでのモチベーションの正体を捉える必要がある。先ほど、それは現状の否定だと書いた。つまるところ、悪く言えば逃避欲求である。今は自分の収まるべき状態でない、場所でない。ワナビーの根源みたいな感情だ。だからこそ何かを作ったり、手を動かすことで生じる僅かな可能性に縋ってきたとも言える。

 

反面、これをよく言えば投資とも言える。不鮮明な将来に対して、今何か行動を起こすことで影響を及ぼすことが出来るのだから。

 

言い方はそれぞれあるのだろうけれど、仮に投資だとしよう。それはある種若さに依拠した金融商材のように思える。人生が長く、先がまだまだ不鮮明だからこそ出来る手法。「満期」までの猶予という不確実性が投機的な要素になる。つまるところ、先々がうっすらと見えてきてしまうと、投資に対するリターンがなくなる。投機は先々不明だからこそ、リスクに対応する形で損得が生じるものだ。

 

硬直的なデリバティブに利息がつかないのと同様、年齢を重ねるだけ相対的に、何か行動を起こすことに対するリターンは減る(ように思えて来る)。一方で、そうした金融商品と人生は異なり、何か行動を起こした際のリスクやコストは据え置きだったりする。そうなれば、新たな投資に手を出すまでもない。リスクリターンに見合わない行動をすべきか、という理性が自分を止めにかかるのは、自然な摂理だろう。

 

不確実要素の低下。自分の居場所の拘束感。そんなものは言ってしまえば、気の持ちようであることには違いないのだけれど、それら無意識化の発想は思った以上に自分の感情や行動を、知らず知らずのうちに縛りつけたりする。そして反発をしてみるものの、それら「ぼんやりとした圧迫感」が巷で言われるような「減退」「老化」という言葉と化合し、納得や諦観として自分に返ってきて凹む、という次第だと思う。



こう書いてみて、なるほど。と思う。このように考えれば打開策は至ってシンプルじゃないか。これまで持っていた行動原理を書き換えればいい、それだけだ。現状の否定をテコにしながら何か行動を起こすという方法をやめること。つまるところ、現状を肯定すること。今の状態を素直に受け入れてから、何をすべきか考える。楽しいことを探す。趣味が広がる。なるほど。そんなことでいいのか。一瞬で解決ではないか。

 

とここまで考えて、本当に人間というものは、PCよりも劣っている存在だと実感する。バージョンアップが為されれば、一瞬のうちに自動更新してくれる各種アプリケーションと違い、自分の至らぬところが分かっているにもかかわらず「これまで長いこと持っていた思考をどのように切り替えればいいか」なんていう、事務的なところに多くの苦労を費やすわけだ。

 

自分を否定することで動力化する。という過去から沁みついた発想を剥がすだけでも、きっと大手術がいる。自分のことながらほとほと嫌になってしまう。多分、完全な切り替えには早くても数年かかるのではないだろうか。マトリックスみたいな、何でも即インスコ時代が到来しない限り、人生とはどこまでいってもポンコツな自分というソフトウェアとの闘いなのだろう。SFよ早く来い。

 

と、そう嘆いていても仕方ないので、上記を今年1年くらいの目標としたい。というのがようやく辿り着いた今回の主旨。

 

自己肯定と行動。毎日Vtuberの配信見ていても本当にメンタル管理は大切だと感じる今日この頃。何をするにも、良き精神がなければ行動は起こせないものだなと思いつつ、寒い毎日を養命酒でも飲みながら、乗り越えたい所存。

 

もう少し新年ぽい内容にしようと思ったけれど、無理でした。今年もまったり頑張ります。

Vtuberと「中の人」の距離感について

先日Vtuberアイドルプロダクションのホロライブにハマった、というエントリを書いた。日々エンタメとして享受するだけでなく、仕事だったり作業をする際のBGMにもなる辺り、単に「沼」という表現より、生活の一部になったと言って過言ではない。

 

かつてキズナアイやらミライアカリなんか一部配信を見ていた気でいたものの、いつの間にか世の中は進んでいたようで。お前が世間から遅れているだけでは、と言われればその通りなのだけれども、諸々配信や切抜き動画を通して、ホロライブに限らず、にじさんじ、そして個人で展開しているVtuberも多い事を改めて実感として知った。

 

僕に限らず、誰もがYoutubeをチラッとでも覗けばわかる通り、それらVtuberに関連した動画は既に巨大コンテンツ群となっていることは間違いない。また配信者はプロに限らず、ちょっとした知識と設備さえあれば、誰もがアバターを持つことが可能だったりして、参入ハードルも高くない。Vtuberという枠組みが活用されながら様々なジャンルの動画が展開しているというのが、昨今の情勢であるようだ。

 

確かに「配信してみたいけれど、顔出しでのYoutuber参戦は流石に」という心理的な抵抗感をなくすのには、アバターを使って、キャラクターとして配信を行うというのは、今の時代において自然な選択のように思える。例えば仕事をしながら片やアイドルとして活動したいという場合、この仕組みは機能的に作用する。個人がメディアを使って個人にアプローチすることが容易になった現代。VRアバターというのは、ちょうどいい空間を作り出す的確な手段となっているのだろう。

 

ただ、日々動画を視聴したりする中で。ふとした疑問というか、違和感のようなものも感じたりする。以上書いてきた通り、VRアバターというものは、自己開示をしたいという欲と、自らの顔を晒したくはないというリスクヘッジの、微妙な隙間を埋められる概念ともいえる。それだけに、プロアマ問わずそこには思った以上に様々な心理的要素が絡むのではないかと考えたりする。

 

詰まるところ、自分であって自分でないものとの距離感の話だ。以下、ペルソナ的な話題になっていくけれども、インターネットやSNSが普及していく中で、これに限らずネットとリアルのバランス感覚は多くの場所で求められるスキルになってきている。例えば、SNSで普段から表明している考えや意見は、学生生活や社会人生活などリアルな場で表出させていい感情ではなかったりする。半面、飲み会などリアルな友人関係だから言えることであっても、ネット上において書き残すと炎上のリスクを孕む言葉も存在する。

 

TPOと言えばそれまでなのだけれども、過去の時代よりも遥かに高度な領域で、自分の存在している場に沿った、自分を適当に作り出すことが求められるわけだ。Twitterが生まれて10数年経ち、iPhoneを片手にネットと繋がる生活はもはや日常化しているものの、このネットとリアルが絡みあう状態というのは、やはり複雑な「自我の調整」を強いられている時代であるとも言える。

 

ではそんな中で。VR、仮想現実におけるアバターとしての自分ってどこにいるんだろう。Vtuberの活躍を日々見続ける中で、ふとそんな疑問が過るようになっていた。いわゆる「中の人」という存在は、人間の精神性になじむものなのか、という違和感である。勿論、この「中の人」という概念は演劇の世界などにおいても、往々にして過去から存在しているものだ。声優や着ぐるみショーといった世界でもよく聞く話で、表出されているものを裏から演じる役割や概念は、何も新しいものではない。

 

しかしながら、昨今のVR文化と異なる点は「中の人」が完全に演じているか否か、という点だろう。Vtuber文化はかなりその本質が「中の人」当人に近い。完璧に演じる事が求められるというよりも、本人のパーソナルな面がキャラクターの後押しとなり、見る人が完成されたアバターとして認知する仕組みになっている。冒頭から書いている通り、僕自身が一瞬でこの沼に落ちたため、未だにこの「キャラを見ているのか、中の人を見ているのか」という文脈に慣れきっておらず、たまに軸がブレたタイヤを見るような感覚に陥る。

 

恐らく、こうした「中の人」+「キャラ」という認知方法も慣れるか否かという話だとは思う。消費者サイドとしては、そうした違和感もコンテンツを接種していくうちになくなっていくことだろう。しかしながら、その認知を受ける側というのは、整合性がつくものなのだろうか。勿論、当人であることを明かして、VRアバターをあくまでも自分の分身と位置付けていれば話は別である。僕がウダウダ気にしているのは、ほぼ自分のパーソナリティを持った外郭=キャラだけが認知され、人気を得ていくという乖離性についてだ。

 

合理的な欲求に対する行動として、称賛や人気を得たければ、それに見合った成果を残す必要がある。その成果の為には、当然のことながら努力や忍耐が要る。自分が誰かからの承認を望み、その過程をしっかりと踏まえ、残した結果。その結果である称賛を得るのが、自分に近いが、明確に自分ではない何かだとしたら。身体性を持ったリアルな自分には一体、何が残るのだろうか。ふと、そんな想像をすると、うすら寒い気持ちにならないでもない。

 

外部から見た存在が、余りに「中の人」のパーソナリティによって出来上がっているとき。自分と外部の認知のズレに、人は耐えられるのだろうか。心理学上でも、余りに完成されたペルソナは潜在意識との折衝において、様々な問題を引き起こすという話を聞く。VRというペルソナと「中の人」の自我の間において。その衝突がより分かりやすい形で、表出されはしないだろうか。こうした自己認知の歪み、僕のぼんやりとした心配はそういう所にある。

 

Facebookが社名を改めメタバースというVR空間を提供する会社へ舵を切った、というのもネットでは最早手垢がついた話題だ。一般的な市民が匿名性あるVRアバターを使い、社会で生活する物語は既に数多く存在している。SF的な想像の世界で言えば、今はありふれた設定の延長として、エンタメが想像力に追いついてきていると言えるだろう。そして、恐らく我々一般市民もこの想像力の延長に立っているのは確かだと思う。

 

今、活躍するVtuberたちは、我々が今後経験するかもしれない「中の人」と「アバター」の歪みを、先んじて体感しているのではないか。リアルな身体に返ってこない反響を、心はどう処理しているのだろう。好奇心と不安半分、そんな事を考えたりしてしまう。

 

日々、配信として当たり前にみている光景も、かつて人類が歩いたことのない場所だったりする。果たして、そこは人にとって安穏な土地なのだろうか、と妄想をこじらせるのは、やはりSF好きの悪癖なんだろうか。純粋にいちファンとして、種々の配信やコンテンツを楽しみながら、ふと思い浮かんでしまった独り言でした。